胚移植前後の鍼灸治療 ~医学的根拠と東洋医学の両面から考える

体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)において、胚移植は妊娠成立に向けた重要なステップです。
当院では、移植予定日の約3週間前から2~3回、移植後から判定日までに1~2回の鍼灸治療をおすすめしています。
これは「着床率を保証するため」ではなく、心身の状態を整え、ストレスや自律神経の乱れを軽減しながら、より良いコンディションで移植周期を過ごしていただくことを目的としています。

移植前3週間は「子宮内環境を整える時期」

妊娠の成立には、良好な胚だけでなく、子宮内膜の状態やホルモン環境、全身の血流、ストレス状態など複数の要因が関係します。

東洋医学では「気血が充実し、腎精が満たされている状態」が妊娠しやすい身体と考えられています。

一方、西洋医学においても、慢性的なストレスは交感神経優位を招き、睡眠障害や血流低下を引き起こすことが知られています。

鍼灸刺激は、自律神経系や内因性オピオイド系に作用し、リラックス反応をもたらすことが報告されています。

そのため当院では、移植周期に入る約3週間前から2~3回程度の施術を行い、

・睡眠の質の改善
・冷えや肩こりの軽減
・自律神経の調整
・ストレス緩和
・全身の血流状態の改善
    を目的とした身体づくりを行っています。

移植後から判定日までの鍼灸治療

胚移植後は「安静にしていないと着床しないのでは?」と心配される方が多くいらっしゃいます。

しかし、アメリカ生殖医学会(ASRM)のガイドラインでは、胚移植後の長時間の安静は妊娠率を向上させないとされており、通常の日常生活が推奨されています。
当院では、移植後から判定日までに1~2回の鍼灸治療を行い、

・精神的緊張の緩和
・睡眠の質の維持
・腹部や下肢の冷え対策
・自律神経の安定
・全身の循環改善
    を目的に施術を行っています。

鍼灸と妊娠率に関する研究

鍼灸と体外受精の成績については、多くの研究が行われています。

2002年のPaulusらの研究では、胚移植前後の鍼灸によって妊娠率の向上が報告されました。

その後のメタアナリシスでは、一定の有効性を示した研究もある一方で、明確な差が認められなかった研究も存在します。

2024年のシステマティックレビューでは、鍼灸のタイミングや回数によって結果が異なる可能性が示唆されました。

また、アメリカ生殖医学会(ASRM)は、

「胚移植前後の鍼灸が出生率を一貫して向上させるという十分な証拠はない」としています。

一方で、

・重篤な副作用が少ないこと
・ストレス軽減やリラクゼーション効果
・QOL(生活の質)の向上
      などのメリットは期待できると考えられています。

当院が移植前後の鍼灸を大切にする理由

妊娠の成立は、

「良好な胚」
「子宮内膜の状態」
「ホルモン環境」
「免疫機能」
「年齢」
「睡眠やストレス」
     など、多くの要因が複雑に関与しています。

鍼灸だけで妊娠率を左右することはできません。

しかし、妊活中の患者様からは、

「眠れるようになった」
「移植周期を落ち着いて過ごせた」
「身体の冷えが楽になった」
「不安が軽減した」
「気持ちが楽になった」
    という声を多くいただいています。

私たちは、「妊娠させる治療」ではなく、「患者様が本来持っている力を発揮しやすい状態に整えること」が鍼灸の役割だと考えています。

移植前3週間からの準備、そして移植後から判定日までの大切な期間を、心と身体の両面からサポートしていきます。

※鍼灸治療は医療機関で行われる不妊治療を補完するものであり、妊娠や出産を保証するものではありません。医師の治療方針を優先しながら施術を行っています。

引用文献
American Society for Reproductive Medicine (ASRM) Practice Committee, 2017
Schwarze JE et al. Does acupuncture the day of embryo transfer affect the clinical pregnancy rate? 2018.
Wang X et al. The Timing and Dose Effect of Acupuncture on Pregnancy Outcomes for Infertile Women Undergoing IVF-ET: A Systematic Review and Meta-analysis, 2024.